大和証券の成約率を2.7倍にしたAI×マーケティング
膨大な個人顧客と多種多様な商品、顧客接点を持つリテールビジネスにおいて、その都度「次の最善な一手(Next Best Action)」を導き出し続けるのは容易ではない。営業担当者の「経験」や「勘」だけに頼れば、結果的に顧客に提供するサービスの質にもバラつきが発生しかねない。大和証券ではこうした課題を解決し顧客満足度を向上させるために、AI(人工知能)技術を搭載したSAS® Customer Intelligenceを2015年9月に導入。
2年経った現在では、成約率2.7倍、離脱率半減など、目に見える成果を上げている。
※本記事は「東洋経済オンライン」に掲載されたものを著作権者の許諾のもとで再掲載しています。
成約率は2.7倍、離脱率は半分に
大和証券は全国に148の店舗を持ち、390万人近い個人顧客が口座を開設している。この大勢の顧客と、フェイス・トゥ・フェイスで商品やサービスを提案するのが、約4,000人の営業員だ。
さらに、証券会社が扱う商品は、株式・債券・投資信託・ファンドラップなど多岐に渡る。営業員は、これらの商品属性も熟知しておかなければならない。
営業員が「次の最善な一手」、すなわちある顧客に最適な商品を最適なタイミングで提案するには、顧客一人ひとりのニーズや嗜好、保有商品、最適なチャネル、そしてマーケット情報を把握しておかなければならない。だが、それをマンパワーだけで実現するのは容易ではない。マーケットの状況で商品は日々値動きし、また顧客との接点も多様化しているからだ。店舗だけではなくコールセンター、Webといった複数のチャネルで連携の取れた顧客対応も求められる。経験とセンスも大きくかかわってくる。
大和証券株式会社
営業企画部 AI推進室 室長
長谷川 理氏
こうした中、大和証券は営業員を支援するため、2015年9月にAI(人工知能)を搭載したマーケティングシステムを導入した。その経緯を、システムの開発を主導してきた営業企画部AI推進室室長の長谷川理氏は次のように語る。
「社内には、お客様の属性情報や取引情報、マーケットに関する膨大なデータの蓄積がありますが、それを使いこなせていませんでした。これらのビッグデータをより有効に活用するため、AIで分析し、営業員を支援するシステムを開発・導入しました」
顧客属性や保有資産の状況など膨大なデータをAI技術で分析することで、データに潜む傾向やパターンを発見し、それを数式化した「モデル」が自動で構築される。このモデルを使うことで、顧客一人ひとりのニーズにあった最適な商品提案やタイムリーな顧客フォローが特定されるのだ。具体的な顧客分析の結果は、従来から導入されていたCRM(顧客関係管理)システムを介してそれぞれの営業員に配信される。
すでに大和証券の営業員には、朝出社するとCRMシステムを確認する習慣が根付いていた。そこにAIがレコメンドした、今日連絡すべき顧客や連絡内容が表示されるようになったのだ。また顧客の来店時や受電時には、CRMシステムに表示される、その顧客に提案した方が良い事項を確認しながら対応することも可能だ。
導入から2年が経過し、「目に見えて成果が出てきた」と、AI推進室次長の大堀崇志氏。
「AIの分析結果にもとづいて対象商品を提案した場合の成約率は、提案を行わなかった場合の2.7倍にもなっています。また、AIのレコメンドのおかげで、顧客の離脱率も半減しました」
大和証券株式会社
営業企画部 AI推進室 次長
大堀 崇志氏
たとえば、ファンドラップや投資信託などの商品では、定期的に運用報告書を顧客に送る必要がある。これらの報告書の内容をよく理解している顧客は、そうでない顧客と比べて、半年~1年後の継続率が高くなるというデータがあった。初回の運用報告書を送るタイミングで、担当営業員にその旨のメッセージを送り、より細かいフォローアップを推奨しているという。それにより、離脱率は改善していったのだ。
分析を業務に活かすために必要なこと
大和証券のAI顧客分析には、SAS® Customer Intelligenceが採用されている。顧客の高度な分析から、MA(マーケティング・オートメーション)、デジタル・マーケティング、マーケティングROI最適化、リアルタイム(オムニチャネル)まで、マーケティングの高度化に必要なすべてを包括的に提供しており、企業ごとのニーズ・状況に応じて柔軟に拡張が可能だ。
「以前からデータ分析には取り組んでいましたが、それまで使っていたツールは取り扱いが難しく、誰もが使いこなせていたわけではありません。また、社内のビッグデータを活かすには、大量のデータを高速で分析する必要があるため、専用の分析ツールを導入することにしました」と、導入の背景を長谷川氏は説明する。
4社の製品を比較した結果、SASの製品に決めたのは、「使いやすさもありますが、やはり同社の製品が、金融分野でのデファクト・スタンダード(事実上の標準)になっていたことが大きい。また、金融業界における導入ノウハウは、他社にはないSASの強みでした」と大堀氏。
その後、SASのコンサルタントに常駐してもらい、2015年9月に試験導入し、3カ月後に本格導入となった。だが、試験導入当初は思ったような成果が出なかったと、長谷川氏は当時を振り返る。
「最初の1カ月は、成果がほとんど出ませんでした。営業員に配信するメッセージは、事前に現場の営業員からの声を集めてつくりましたが、うまく機能しないものもありました」
それを改善するため、AI推進室の2人とSASのコンサルタントが現場の営業員の声を改めてヒアリングし直し、配信ルールを改善することで、成功につなげていったという。
SAS Institute Japan株式会社
金融営業部
セールス・エグゼクティブ
青代 央
SAS Institute Japanの金融営業部セールス・エグゼクティブ 青代央氏は、「データ分析部門と現場の営業部門のスムーズな連携が、システム導入の成功要因のひとつだ」と指摘する。
「どの業界でも、現場の営業員は、お客様のことを分かっているのは自分だという自負を持っています。そこに他部門や上層部から一方的に指示を出しても、それが現場に浸透するとは限りません。頭ごなしにやろうとすると、むしろ導入主管部署が孤立することもあります。大和証券様の場合は、分析部門と営業部門の距離が近く、コミュニケーションが円滑になされていることが、短期間で顕著な成果をあげられている要因だと考えます」
さらに、SAS Customer Intelligenceソリューションを統括する羽根俊宏氏は、顧客分析・マーケティング高度化ソリューションの導入には組織の在り方も重要だと語る。
「業務における意思決定の高度化を目的に、業務部門主導で導入されることもありますが、ITシステムに関する最低限の知識は必要なので、やはりIT部門の積極的な協力は欠かせません。一方、IT部門主導で導入が進められる場合、業務やデータについての理解が十分活かされないまま、ユーザの意向が反映されないシステムが構築されてしまうケースも散見されます。AI技術があれば、業務知識やIT知識が全く不要というわけではありません。AIが導いた結果を業務に活かすためには、業務のスペシャリストとITのスペシャリストが連携した組織体制が不可欠です」
AI推進室の人員配置は、見事にその形にはまっていた。長谷川氏はもともと営業企画部門の出身、大堀氏はIT部門の出身で、両氏が部門間の橋渡し役を果たしていたのだ。
AI導入で顧客満足度も向上
SASは148カ国で使われ、2016年の「Fortune Global 500®」上位100社のうち94社がSASの顧客という、データ分析・活用といったアナリティクス領域のリーディングカンパニーだ。各種調査機関でリーダーの評価を獲得する優れた製品群とともに、大和証券が活用した、業界ナレッジや経験知、高い技術力をベースにしたシステム導入支援やコンサルティングサービスも提供している。
SAS Institute Japan株式会社
ソリューション統括本部
ビジネスソリューション統括部 部長
羽根 俊宏
「SAS Customer Intelligenceでは、基幹・業務システムから取得したデータはもちろん、オンラインの顧客行動データ、さらにはIoTなどのストリーミングデータまで、多種多様なデータを取得・統合【顧客認識】することができます。そして、AI技術を活用して予測分析し【顧客理解】、予測に基づいたマーケティングのアクションを自動で最適化・実行する【実行最適化】といった一連のアクションを実現することができるのです。これらをPDCAとして定着化させ、AIを駆使して莫大な顧客対応データから自動的に学習、自律的に『おもてなし』スキルを向上させることで、全ての顧客に究極の『パーソナライズ体験』を提供することが可能となるのです。しかもそのコミュニケーションをリアルタイムで実行していく基盤も提供できます」と羽根氏は自信を見せる。
SASの活用により成果が現われている大和証券では、すでにPDCAも回り始めた。「マーケティング施策を実施して終わりではなく、継続的にPDCAを通した改善に取り組む業務プロセスは、アナリティクスで成果を生み出す組織の共通項と言えます」とSAS青代氏は指摘する。
今後、大和証券AI推進室は何を目指すのか。
「使い勝手もよく、実績が出てきたことが営業員に周知されたこともあって、最近では『こういう機能はないのか』『こういう情報がこのタイミングでほしい』というリクエストも出てきています。分析に使用するデータや環境をさらに充実させ、営業店と一緒に取り組みを進めたい」と大堀氏。
「私達の原点であり、今後も目指し続けるのはやはり、お客様満足度の向上です。そしてそのお客様満足度を継続的に高めていくために不可欠な、更なる顧客理解や顧客接点の最適化、業務の効率化を進めるためには、AIをフル活用せざるを得ないと考えています。当社では顧客満足度の指標として『NPS※(Net Promoter Score)』を採用し、その向上に取り組んでいます」と、長谷川氏は語る。
グローバルで見てもこのNPSを重要なKPIとして位置付ける企業は多く、SASの羽根氏によれば、「世界の金融機関のなかには、売り上げや利益と並ぶ重要な経営指標としてNPSを掲げている企業もあり、SASの製品を導入して、NPSが前年同期比で10ポイント向上した企業もある」というほどだ。
大和証券でのSASの導入は、成約率向上や離脱率低下に貢献したが、それは顧客満足度が高くなったことの裏返しとも言える。「今後もNPSを向上させるため、導入したマーケティングシステムを、ハードとソフト、運用面も含めて改善していきます」と長谷川氏は先を見据える。大和証券からさらなる業務高度化、NPS向上の報告が発表されるのも近いかもしれない。
※「NPS」=顧客の満足度やロイヤリティの高さを測る指標。顧客に対して、「この企業(製品/サービス/ブランド)を友人や同僚に薦める可能性は、どのくらいありますか?」と質問し、0~10点で評価してもらう。9、10と答えた人は「推奨者」、7、8と答えた人は「中立者」、0~6と答えた人は「批判者」としてカウントする。そして、全体に占める「推奨者」と「批判者」のパーセンテージを計算し、前者から後者を引いた値が最終スコアとなる
「マーケティング・アナリティクスと人工知能の融合」
このホワイトペーパでは、マーケティング・アナリティクスを強化するために、また、顧客理解とカスタマー・エクスペリエンスの両面の向上を促進するために、企業がAIをどのように活用できるかを検討します。また、企業が現行の取り組みを有効活用してマーケティングの実効性をさらに高める方法についても、実践的なアドバイスを提供します。
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