シナリオ・ストレステスト:規制遵守以外の領域における有効活用に向けて
ジョン・ボイト(John Voigt)、プリンシパル・ビジネス・ソリューション・マネージャー、Risk Research and Quantitative Solutions、SAS
規制ストレステストは、明確に定義されたシナリオを通じて事業を管理するために必要なスキルを銀行に浸透させました。現在、先進的な銀行の間では、自行のストレステスト・プロセスが危機発生時のタスクに耐えうるかどうかを再評価する取り組みが進んでいます。
武道の生徒は通常、「形《カタ》」と呼ばれる重要な所作や動作を繰り返し練習することを通じてスキル、つまり「技《ワザ》」を磨きます。「形」を反復練習する目的は、それらの技を身体に染み込ませることであり、その結果として最終的には、格闘中に無意識に技を繰り出せるようになります。
同様に、銀行はこの10年間、「監督ストレステスト」(規制当局が実施を求めるストレステスト)を定期的に実施する中で、リスク管理のスキルを培ってきました。そして、そうした定期的な実施を通じて、および、多大な資金を投じることによって、銀行はデータ、モデリング、ガバナンスに関して大幅な改善を達成してきました。
規制圧力の負担感が和らいできた今こそ、金融機関は、これまでの実績を評価した上で、元々の目的だった規制遵守の実施実務以外の領域において、いかにストレステスト・プログラムを有効活用できるかを検討しなければなりません。先進的な金融機関は、「実効性が高い全社規模のシナリオ・ストレステスト・プログラムは、現実の危機状況下で競争優位性をもたらしうる」ということに気付いています。しかし、これまでマスターしてきた「形」は、現実世界の事象に通用するのでしょうか?
無料のホワイトペーパー(英語版)
「ストレスと戦略:シナリオベースのリスク管理に関する最高経営幹部向けガイド」(英語版)では、金融機関の経営リーダー層が顧客の期待に適う迅速さで市況悪化や金融危機の状況に反応できるようなるためには、アナリティクスに基づいて綿密に作成されたシナリオを用いて危機対応の練習に励む必要がある理由を説明しています。また、頑健でフォワードルッキングなシナリオモデルは、金融機関が保有するデータに秘められた意味と、それを実効性の高い戦略的な意思決定に活用する方法を、より的確に理解することも可能にします。
特に、以下の点について検討する必要があります。
- 監督ストレステストのために使用しているツールや人的リソースは、重要な業務機能を中断することなくアドホック・ベースで(必要に応じていつでも)利用できる性能や態勢が整っているか?
- データとモデリングのフレームワークは、幅広いシナリオに適応できる柔軟性を備えているか?
- プロセスは、複数の反復処理を迅速な応答時間でこなす機能をサポートしているか?
- プロセスは、意思決定者に適切に情報を提供するのに必要なレベルの透明性を備えているか?
攻撃と防御の技には無限の変化形(バリエーション)がある。 摩文仁賢和《まぶに けんわ》 空手家、糸東流空手開祖
周到に段取られたコンプライアンス・ステップ
シナリオ・ストレステストは、先の世界金融危機の後に銀行監督用ツールとして進化してきたものですが、それ以降、金融機関の側では既に、これらの規制対応の実施実務を通常業務に組み込み済みです。
通常、この実施実務は、事前に広報済みの予定日に、所定数の監督シナリオと報告期日が公表されるのを合図として開始されます。こうした制度設計は、金融機関がプロセスをサポートするためにリソースの計画や活動の調整を事前に行うことを可能にしました。しかし、このような確実性は、銀行に対し、自らの潜在的な事業実効性を制限する「非効率的なリソース集約型プロセス」を維持することを許容してきた、ということでもあります。
現実の危機は既知の日付に開始および終了することはなく、シナリオが事前に決定されることもありません。このような周到に段取られた取り組みのために開発されたプロセスは、金融機関が突発的な事象に対応するための準備として役立つのでしょうか?
監査シナリオでは「真の想定外の事態」への対応力はテストできない
米国の規制当局は、年次の「ドッド・フランク法に基づくストレステスト(Dodd-Frank Act Stress Test:DFAST)」の実施に向けて発行する指示セットの一部として、ベースライン(baseline)、悪化(adverse)、最悪(severely adverse)という3種類のシナリオを公表します。銀行は各シナリオに関して、幅広いマクロ経済条件および市場条件を記述する一連の変数がシナリオ・タイムライン全体にわたってどのように推移するかの軌跡情報を提供されます。銀行は多くの場合、サードパーティの専門家を活用して各シナリオを拡張し、より幅広い変数を用いてモデルを作成できるようにします。
監督ストレステストは資本計画に利用されるものであることから、規制当局は、銀行システムへの衝撃を避けるために長期的な安定性を重視しています。その結果、規制当局は、特に悪化シナリオ(例:マイナス金利)に対しては若干の “ひねり” を加えることはあるものの、各シナリオで使用される総合的なマクロ経済パターンについては長らく一貫性が維持されてきました。
しかし、現実の危機の場合は、シナリオが事前に決定されることはなく、また、過去に見られた変数間の関係性がそのまま当てはまるとは限りません。引き金となった事象によっては、危機の衝撃はそれほど広い範囲には及ばず、主として特定の地域や商品セグメントに悪影響が出るだけで済む場合もあります。その場合には、モデルの再キャリブレーションや入れ替えが必要になることや、可能性のある結果をモザイク状に組み立てるために複数の手法が必要になることもあります。そもそも、既存のストレステスト・プロセスは、レポーティングと内部統制のためのインフラをパンクさせることなく、次々に発生する事象に適応していけるでしょうか?
真の「シナリオベースのストレステスト・プロセス」の構築
先進的な金融機関は、規制遵守以外の領域に踏み出して「シナリオベースのリスク管理」のビジネス価値を解き放つためには、監督ストレステスト向けの既存の常識的プロセスよりも格段に柔軟かつ効率的なストレステスト・プロセスが必要不可欠である、ということに気付いています。
金融機関は以下の点について現状を把握および改善しなければなりません。
データ:
- 必要十分な範囲の様々な領域からタイムリーにデータが収集されているか?
- プロセス全体を通じて適切なレベルの詳細さが維持されているか?
実行環境:
- プロセスを迅速に開始することができるか?
- プロセスは高速な応答時間を提供できるか? また、複数のサイクルをサポートできるか?
- プロセスを適切に回すためには組織内の特定の人々(例:ITスタッフやデータ専門家)のスキルや能力に頼らざるを得ない、という状況ではないか?
レポーティング:
- レポーティング・プロセスは意思決定者に対してタイムリーに情報を提供できるか?
- 条件の変化に応じてアドホック(非定型)のドリルダウン機能や要約を作成できる柔軟性があるか?
- 結果をもたらした要因を容易に特定および要約することができるか?
モデリング:
- ワークフローを中断せずにモデリング・プロセスを修正することができるか?
- 複数のアプローチを展開および比較することができるか?
- 計算処理上のボトルネックが、幅広い複数のシナリオを探索する能力に対する制約要因となる可能性はないか?
ガバナンスと内部統制:
- プロセスや、不確実性が想定されるポイントについて、完全に理解できるようなっているか?
- 行動/アクションを弁護する必要が生じた場合に備えて、および、事後検討を促進する目的のために、分析[手法の詳細]が適切にアーカイブ化されるようになっているか?
以上の懸念事項を解消するためには、既存のストレステスト・アーキテクチャの改変が必要になる可能性が高いでしょう。また、場合によっては、それを支えているテクノロジー・コンポーネントの機能強化も必要になるでしょう。この点に関して、先進的な金融機関は、ストレステストと予想信用損失に関する新たな会計基準(例:CECLおよびIFRS 9)との相乗効果を認識しつつあり、また、シナリオベースのリスク管理を有効活用できる範囲を拡大するための投資を検討するようになっています。