FRTB: 「様子見」戦略は危うい賭け(コスト増の恐れもあり)
アンドリュー・カーター(Andrew Carter)、資本市場担当シニア・マネージャー、SAS
「トレーディング勘定の抜本的見直し」(FRTB: Fundamental Review of the trading Book)は、銀行が市場リスクを管理する方法を変更します。ほとんどの関係者は、遵守期限が2020年12月で、要件も未確定なことから、「様子見」が望ましいと判断しています。しかし、ただ待つことは、後々、リスクの高い戦略だったと判明する可能性が高い選択肢です。本稿では、その理由を説明します。
現在の金融システムは、高度にレバレッジされ、相互接続されたマーケットプレースの中で運用されています。トランザクションはマーケット階層を通過していく間に変換され、リスクが増幅されます。こうした環境では、イントラデイ(日中)の市場リスクの評価を全行規模で、かつ、重層化された金融ネットワークの一部として状況に即した形で行うことが、銀行にとって極めて重要です。カウンターパーティー(取引先)リスク、経済的リスク、政治的リスクをグローバル・マーケットプレース全体にわたってモニタリングすることは、堅実なリスク管理、競争力、収益性の土台を形成します。
規制戦略の指針となっている中心的な論点は、銀行がトレーディング・ポートフォリオに対する潜在的リスクを幅広く検討することなしに過剰なレバレッジをかけている、ということです。規制当局は「銀行では、システミックな事象の緩和や、十分な資本バッファの確保など、いざという時の対策が手遅れにならないように、平素から極めて厳しいシナリオを検討したり、市場リスクを分析したりしておく取り組みが不十分である」と確信しています。FRTB(「市場リスクに関する最低資本要件」と呼ばれることもあります)は、バーゼル銀行監督委員会がシステミックな課題への対応強化を最終目標として、銀行がトレーディング勘定における市場リスクをどのように分析すべきかの基準を変えるために導入した規制です。
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驚くべきことに、ほとんどの銀行が利用している全行規模の市場リスク管理システムは、いまだにレガシー・テクノロジーと夜間バッチに基づいています。FRTBが銀行に課す試練、とりわけ全行規模の市場リスクをイントラデイおよびオンデマンドで測定・管理する必要性に対処するためには、銀行は既存のデータおよびアナリティクス・プラットフォームを再構築しなければなりません。
イントラデイの市場リスクへの対応
イントラデイの市場リスクの評価は、データがなければ始まりません。具体的には、ポジション、利害関係のある当事者、投資ガイドライン、リスク要因などに関する詳細なデータです。現在では、個々の地域における個々の事業ラインのトレーディング・デスクのレベルでは、粒度の高いデータを利用できるようになっています。ただし、全行規模かつオンデマンドの評価の場合、このレベルの詳細情報は、要約済みデータの形でしか利用できないのが一般的です。
したがって、最初に提起すべき疑問は、「銀行は、市場リスクを日中に分析・評価するために、全行規模で粒度の高いデータを扱えるビジネスプロセスおよびソリューションを導入済みか?」ということです。
そして、「ほとんどの銀行は未導入」というのが、その答えです。バッチプロセスでも当日末時点のデータを算出することは可能ですが、レポートが生成された時点で既に情報として古すぎるため、リスクの発生を予測してその軽減策を実施することは困難です。市場における急激な変化を日中に予測できない状況は、一連の連鎖的な[好ましくない]事象につながってしまう恐れがあります。
- 市場変動の重大な影響をモニタリングすることができない:市況が突然下落した場合、イントラデイの市場リスクを全行規模でモニタリングできなければ、一連の連鎖的な事象の発生を緩和することは困難です。
- 担保の価値が低下:融資に対する担保の価値が低下し、マージンコールが発生する可能性があります。また、一部の取引先がレポ資金調達の更新を拒否してくる可能性もあります。
- マージンコールが流動性に悪影響:追加担保や「融資の一部返済」が必要な状況になると、ポジションや担保の売却を強いられる可能性があります。
- ヘッジのコストが上昇:金融機関が流動性の課題を抱えてしまうと、デリバティブの発行やポジションのヘッジにかかるコストが上昇し、利益率に悪影響が及びます。
- 影響が株価にも波及:デリバティブ発行コストの上昇は、注意深くウォッチされている指標であり、金融機関の株価に対して即座に悪影響を及ぼす可能性があります。
以上のシナリオは、近年発生した現実の事例を参考にして描いたものですが、こうした連鎖的な事象に対するポートフォリオやバランスシートの耐性を高める取り組みは、銀行の市場リスクをポジション/事業ライン/地域を横断して評価することから始まります。「市場リスクの急激な悪化を日中に予測し、それに伴う課題を緩和する能力」は、金融機関のコアビジネスにとって必須とまでは言えないとしても、非常に重要です。この点は、規制要件がどのような内容であるかとは関係ありません。
銀行は2セットの課題に対処する必要があります。それは、イントラデイの市場リスクを評価するためのビジネス要件と、全行規模で状況に即したリスクを評価するための規制要件です。 アンドリュー・カーター(Andrew Carter) 資本市場担当 SAS
FRTB – グローバルな規制戦略の一環
規制の観点からすると、市場リスクがいずれかの金融機関に悪影響を及ぼした場合、それが複数の金融機関を巻き込んだ連鎖的な事象へと発展し、システミックな問題を引き起こす恐れがあります。銀行の相互接続性を介して悪影響が伝播するという脅威は、規制当局にとって重大な懸念事項であり、それゆえグローバルな規制戦略の推進力となっています。これとは相容れない政治的表明を脇に置くとすれば、この戦略の目的は明確であり、今後も厳然と進められていくでしょう。
FRTBは、より広範なグローバル規制施策のコンテキストにおける1つの指標として捉えるべきものです。私たちは既に、この施策にファイアウォール、追加の資本バッファ、さらには、事業ラインの別会社化を強制する「リングフェンス(隔離)」が盛り込まれる予定であることを知っています。これらの要件とその実装コストは、銀行を資本配分の再評価へと導くことになるほか、恐らく、一部の事業ラインを廃止する銀行も出てくるでしょう。今後は、規制当局の担当官による抜き打ち検査の頻度が増え、全行規模の市場リスク評価を数分以内に提示することが求められるようになると思われるため、ビジネスプロセス、ワークフロー、テクノロジーは、ますます大きな影響を受けることになるでしょう。
「様子見」アプローチの危険性
これら2つの波は必然的に収斂していきますから、成り行きを様子見するという選択は、結局のところ、リスクとコストの両面で高い代償につながるでしょう。 リスクが高まる理由は、市場リスクをイントラデイで管理できない場合、銀行は競争力が低下し、許容できないレベルのリスクに晒されることになるからです。コストがかさむ理由は、一貫した計画を持たずに個々の新たな規制に対応していく場合、規制対応コストは営業経費(事業運営コスト)の4~6%に及ぶことが知られているからです。また、こうした受け身の姿勢を長期的に続けると、この割合は8~12%へと倍増することになります。
リスク管理とコスト管理、どちらの観点からも、これが持続可能なモデルではないことは明らかです。望ましいのは、FRTBの実装計画を今から進めておくと同時に、FRTB以外の現在および近い将来の規制に対応するための土台の整備にも取り組むことです。
FRTB対応の次のステップ – ギャップの把握と影響の評価
このステップで銀行が最初に取り組む必要があるのは、現在の機能と必要になる機能とのギャップ、および、FRTBが自行のビジネスモデルに及ぼす潜在的な影響を特定することです。また、リングフェンスや抜き打ち検査などの要件についても検討し、確実に遵守できるよう準備することが必要です。SASのお客様との対話からは、機能のギャップや、ビジネスに対するFRTBの潜在的な影響に関する主な懸念として、以下のような事項が明らかになっています。
FRTBの導入に関する懸念:機能のギャップに関連したもの
- オンデマンド型のアナリティクスとレポーティングを実現するためには、データの夜間バッチ処理をニア・リアルタイム処理に移行する必要がある。
- 既存のシステムは規模面の拡張性が不十分かもしれない。長期の流動性ホライズンを伴うFRTBシナリオでは、1件の取引につき最大1万5,000回のシミュレーションが必要になる可能性がある。
- モデルリスク管理の領域では、ガバナンスの一元管理、相互接続性の表示、外部パラメータ(カウンターパーティー・リスク、経済的リスク、政治的リスクを含む)のモデリングといった機能強化が必要になる可能性がある。また、新しいモデルのテストおよび統制に関する機能ギャップは、多大な損失につながる恐れがある。
- データ管理ソリューションを用いてデータのギャップを解消すれば、FRTBの要件だけでなく、会計や規制に関する他の必達事項(予想信用損失やストレステストなど)の要件も満たすことがでるのか?
FRTBの導入に関する懸念:個々のトレーディング・デスクや事業ラインにおけるFRTBの影響評価に関連したもの
- どのようなリスク/財務分析環境を整備すれば、「what-if」型の疑問を扱えるようになるのか?
- FRTBの新しい「標準的方式(SA)」と「内部モデル方式(IMA)」は、資本にどのような影響を及ぼすのか?
- IMAに移行される可能性のあるデスクに関して、投資対コストを正当化するような臨界数は存在するのか?
- 銀行勘定とトレーディング勘定の分離は、利益率や信用格付、あるいは流動性に影響を及ぼすのか? 何らかの形の事業縮小を検討するべきなのか?
- クラウドベースの「サービスとしてのコンプライアンス(compliance-as-a-service)」に移行することの潜在的な費用対効果を、利用量に基づいて評価してみるべきか?
まとめ – 競争は既に始まっている
「イントラデイの市場リスク評価」という課題の解決にプロアクティブ(能動的/事前対応的)に取り組んできた一握りの先進的な国際銀行や投資管理企業 ─ JPモルガン・チェース、ゴールドマン・サックス、ブラックロックなど ─ は、リスク管理の改善、資本の最適化、バランスシートの耐性強化といった導入効果を挙げています。
これらの業界最高水準の銀行と競争していく上では、新たな規制に対して「様子見」を決め込むという受動的なアプローチは、あまりにメリットが少なすぎ、あまりに行動が遅すぎることが、結局は判明します。金融機関に必要なのは、全社的リスク管理と資本管理の改善、オンデマンド型のインテリジェンスを提供するワークフローの自動化、より低コストの構造を用いたコンプライアンス対応にプロアクティブに取り組むことです。それらを進める中で、新たな収益源を開拓し、ビジネス目標を達成するためのデータと情報を引き出せるようになるでしょう。
著者紹介
アンドリュー・カーター(Andrew Carter)は、SASで資本市場向けのハイパフォーマンス分析ソリューションを担当しているシニア・マネージャーです。市場をリードする複数のソフトウェア会社において25年以上に及ぶ販売責任者の経験があり、複雑で価値の高い全社規模のソフトウェア・ソリューションを中心に取り扱ってきました。現在の役割には、銀行および資本市場のお客様との協働作業も含まれており、様々な構造的課題(特にリスク管理と金融犯罪の領域における課題)を解決するためにハイパフォーマンスなビッグデータ分析ソリューションを活用する取り組みを支援しています。
お勧めの資料
- 記事 IFRS9とCECL:信用損失会計基準に関する課題CECLとIFRS9は銀行に対し、予想信用損失(ECL)の予測精度を向上させることを義務付けます。この要件を満たすためには、アナリティクスに基づく新しい信用損失モデルが必要になります。
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- 記事 信用リスク管理、それが答えです貸付・融資量は金融危機前の水準を回復しています。しかし、銀行は滞納率の上昇にも直面しています。だからこそ、信用リスク管理の改善がカギなのです。
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