試行錯誤はムダにならない
~企業がソーシャル・メディアで成功するために~

スペシャルインタビュー:NTTデータ経営研究所 情報未来研究センター センター長 山下 長幸

ソーシャル・メディアをビジネスに生かす方法論を確立しようと模索している企業は多い。すでに、国内でも少しずつ成功事例が出てきている。現時点で、企業のソーシャル・メディア活用はどの程度進んでいるのだろうか。成功企業に共通するパターンはあるのだろうか。そして、具体的な成功事例はどのようなものだろうか。企業のソーシャル・メディア活動を研究し、顧客企業に向けた提案も行っているNTTデータ経営研究所 情報未来研究センター センター長 山下 長幸氏に聞いた。

試行錯誤で経験を得よ

――ソーシャル・メディアが普及し、多くの企業がその活用手法を模索しています。

ソーシャル・メディアは双方向コミュニケーションであることが新しく、利用者にとって楽しめる存在です。マスメディアに接しても一方的に情報を伝えられるだけだったのが、ソーシャル・メディアの登場で、だれもが自由に意見を発信できるようになりました。そして、自分で発信した意見にポジティブなコメントが来ればうれしいわけです。こうした経験をしている人は企業の内部にもいますから、多くの企業がソーシャル・メディアを一過性の流行ではなく、社会に根付いた存在としてとらえ、活用しようとしているのです。成功している企業はまだ多くはないかもしれませんが、今後さまざまな面白い事例が出てくるはずです。

――現在、企業はどのようなスタンスで、ソーシャル・メディアを活用しているのでしょう。

ソーシャル・メディアは、個人同士がコミュニケーションする場として発展してきた事実がありますので、企業がビジネス目的でその中に入っていくのは、なかなか難しいところがあります。テレビ広告や雑誌広告と同じような考え方で、バナー広告をばらまくようなやり方もありますが、それでは双方向性を生かしているとは言えません。双方向なメディアとしての特性をうまくとらえて、「対面型の営業と同じことを多数の人たちに対して低コストに行う」ための施策を考えていくことが求められます。

会社によって取り組みは違うのですが、ひとつ例を挙げましょう。積極的にソーシャル・メディアを活用している企業として真っ先に取り上げたいのはローソンです。ローソンは、さまざまなソーシャル・メディア・サービス(SNS)上にページを作り、ユーザーとの交流を図っています。同じソーシャル・メディアといっても、たとえばmixiとTwitterは場としての雰囲気が全く違いますよね。ローソンは、早く始めて、それぞれの場に入り込んで経験を重ねたことで、それぞれの場に合ったコンテンツを提供できるようになっています。

――ローソンを含め、国内でもいくつかの成功事例が出てきているようです。日本企業はどの程度ソーシャル・メディアを活用できていますか。

新しいメディアですから、勇気を持って、いち早く取り組んで地道な努力を重ねてきた企業が優れた運営を成し遂げています。競争の激しい業界ほど、積極的ですね。具体的には、流通、アパレル、航空、そして通信です。

ただ、成功している企業がある一方で、放置されている企業ページを目にすることもあります。ここで思い出してほしいのは、成功企業もはじめから成功していたわけではないということです。大切なのは、試行錯誤。自社とユーザーに合ったコンテンツをそろえ、場の雰囲気を作り上げていくためには、いろいろと試してみる必要があります。反応が良かったものを残し、悪かったものはやめる。その繰り返しによって企業は学び、より良い活用が達成されることになるのです。

多くの場合、企業がソーシャル・メディアサイトのアカウントを立ち上げると、そこに新商品情報や、社員の日常生活など、あたりさわりのないことを投稿します。しかし、簡単にフレンド数や「いいね!」の数が伸びることはありません。その結果、効果が見えないとされて尻すぼみになってしまいます。成功企業も試行錯誤の結果、そこにたどり着いたということを思い出して、あきらめずにチャレンジしてもらいたいです。

循環の仕組みを作ることが大切

――山下さんは数十社の取り組みを研究されたそうですが、印象に残った企業について教えて下さい。

調査対象企業をスコアリングすると、最も優秀な企業は良品計画(無印良品)でした。彼らは2つのコミュニティを持っています。1つは、「くらしの良品研究所」。商品開発をお客さんと一緒に進めていく、いわゆる「co-creation」型コミュニティです。たとえば、去年の春に行われた「プロジェクトこども自転車」という企画で開発された新たな三輪車・こども用自転車は実際に販売されています。商品開発に自分たちがかかわったのだという消費者の参加意識と喜びの声がソーシャル・メディアに拡散し、今度はそれを見た他の消費者たちが、「面白そうなことをやっているな」とサイトを訪問してくれる。店舗で商品を買ってくれる人もいる。この循環が非常にうまく回っています。

無印良品が運営するもう1つのコミュニティは、消費者が実際に販売された商品のレビューを投稿できる場です。ここが、賞賛の投稿であふれているのです。無印良品には濃いファンが多く、ソーシャル・メディアで顧客層の声が拡散することで、興味を持った潜在顧客へとつながっていく仕掛けになっています。

あと1つ例を挙げるとすると、サッポロビールが運営する北海道Likersですね。1投稿で2万件以上の「いいね!」を集めたりしているのですが、こんな勝負の仕方があるのかと感心しました。企業の存在を隠して、北海道の良さを伝える写真を貼っていくコミュニティなのですが、それが妙に心地よいのです。こういう新しい発想で成功した企業があるということも、自社のソーシャル・メディア活用を考える際に頭に入れておくといいでしょう。

Nagayuki Yanashita

――企業がソーシャル・メディア活用に取り組むに当たって、予算や人材を確保するために、ROI(投資対効果)の指標が必要になるケースもありそうです。成功企業はどのように企画を通したのでしょう。

よく聞かれる質問です。理想的なROI測定方法を探し回ったのですが、納得度の高い定量手法はありませんでした。「いいね!」の数が1万件から2万件に増えたからといって、それが具体的に売上や利益に寄与したかどうかを証明することは難しいのです。とはいえ、そう言っていては話が前に進みません。ある企業は、「Googleの検索連動広告におけるクリック保証を1クリックあたり100円と設定すると、1万クリック集めるのに100万円が必要になる。これに対して、同じ企画をソーシャル・メディアで実施すると同数の閲覧者を20万円のコストで得られる」というロジックで社内稟議を通しているようです。

ソーシャル・メディアでは、企画をどんどん出していけます。テレビCMまで打つような大がかりなキャンペーンで失敗すると数千万円、もしくは数億円の損失ですが、ソーシャル・メディアはWebサイトです。失敗しても、コストは制作会社への発注分だけですから数十万円です。ROIとなると難しいのですが、このように考えると、ソーシャル・メディアは低コストにさまざまなことをできるメディアだと、直感的にだれもが理解できるはずです。

炎上リスクをはじめ、手間やコストパフォーマンスなどの不安要素を掲げて「やらないロジック」を作りたがる企業もありますが、実際にやってみないと、何が起こるかはわかりません。Facebookマーケティングという言葉をよく聞くようになりましたが、単にFacebook上に企業ページを開設したり、広告を出したりするのではなく、良品計画に見られるような循環の構図を意識した上で進めた方が成功に近づくでしょう。全日空も似た仕組みで運営していますね。

――全日空は参加者にポイントを付与して航空券の支払いに使えることが人気です。ユーザーへのインセンティブは必要なのでしょうか。

無印良品のレビューコミュニティも、投稿するたびに買い物に使えるポイントがたまっていく仕組みです。一方、商品開発の方は、モニターの方への薄謝以外大きなインセンティブはありません。インセンティブの効果は少なからずあるのでしょうが、「場にふさわしい雰囲気」を創り出すことの方が大切です。制限が多いと利用者から自由な発想を得られませんが、制限する部分がなければ場が荒れてしまうかもしれません。絶妙なバランスが必要ですね。

傾聴分野の成功例はアクティブ・リスニング

――たとえばTwitterでは、消費者の声をリアルタイムに入手できます。コミュニティに集まる人だけでなく、一般の声を傾聴(リスニング)して活用している例はありますか。

Nagayuki Yamashita

通信業界はアクティブ・リスニングと呼ばれる分野に積極的です。「電波が通じない!」という投稿には「ごめんなさい」と返信し、製品やサービスをほめられると「ありがとう」と答え、「何かの使い方が分からない」という投稿を見つけると、丁寧に案内します。基本的に、企業側が消費者から許可を得ずに行う返信は「ありがとう」「ごめんなさい」「質問に答える」の3種類を逸脱しないことがマナーになっています。通信業界はきちんとマナーを守ってうまく消費者とコミュニケーションしているようです。

――過去にさかのぼって、消費者の発言履歴を活用する企業もあるのでしょうか。

現時点では聞いていませんが、これからは出てくるでしょう。ソーシャル・メディアを考える上で重要なポイントのひとつはリアルタイム性です。中でもTwitterは、「まさにいま、どこで、何をしている」という投稿が多いのです。アクティブ・リスニングはそこにフォーカスしていますが、履歴をきちんと読み取る価値は別の部分にあります。たとえば、顧客がコールセンターに電話するのは、苦情か、よほどの感謝のどちらかです。「この企業から嫌な感じを受けた」、「この企業の商品に感激した」という感情は、なかなか企業に伝わりません。そうした心情を読み取るために、たとえばWebアンケートで母数を1万集めようとすると大変ですが、Twitterの過去ログを集めることなら簡単です。商品開発のアイデア探し、広告コンテンツの評価、そして競合他社に対する顧客の反応の収集など、さまざまなことができます。

――そのような活用を行うに当たって、課題になるのはどこでしょう。

最も大切なのが、無意味な投稿を排除することです。テキスト・マイニング技術の進化が望まれますね。たとえば「やばい」という言葉をポジティブな意味に使う若者がいます。このような言葉や反語などをきちんと解釈できなければ、ムダの排除を全自動化することは難しいでしょう。また、10億レコード単位の大量の情報を処理できるIT能力も必要です。多様化するSNSへの対応も課題です。仏像愛好者だけのSNSのような、ニッチなSNSも増えていますから。

自社の知名度はそれほど高くないから、検索してもあまり発言されていない、という課題を抱える企業も多いでしょう。しかし、そういう企業こそ、ソーシャル・メディアを通して優れた企画を投げかけてほしいのです。戻ってきた消費者の声は、企業にとって大きな財産になりますから。

――最後に、そのような課題が乗り越えられたとき、企業の次のステップはどこにあるのでしょう。

テキスト・マイニング技術が進化すると、多数の顧客を相手にしたビジネスにもITの力で対応できるようになります。無意味な投稿を排除して集計された情報は、企業がうまく使えば極めて大きな価値を持った資産になります。ですから、時間はかかるかもしれませんが、地道な努力を継続してほしいです。顧客のさまざまな反応に対して、どのように対応すればいいのか。日々の経験でノウハウを積み重ね、カイゼンしていけば、人の気持ちをきちんとつかまえられる企業として、ライバルに大きな差をつけることができるはずです。