メーカー・卸売・小売の協調が成功のカギ
顧客分析で成熟市場を勝ち抜け

スペシャルインタビュー:財団法人流通経済研究所 店頭研究開発室 主任研究員 加藤 弘之氏

小売店やメーカーによる顧客獲得競争が激しさを増している。この中で、日々蓄積されるPOS(Point of sale)やFSP(Frequent Shoppers Program)データを分析し、顧客の嗜好やライフスタイルに合わせた商品を提案するマーケティングが展開されるようになった。これは、顧客の特性を明らかにする顧客分析が、競争力の源泉や他社との差別化要素として注目されてきたためだ。本特集では、FSPデータの活用が進む背景や顧客分析の先進的な事例、顧客分析の展望について、流通・マーケティング専門シンクタンクである財団法人流通経済研究所の主任研究員 加藤 弘之氏に話を聞いた。

Hiroyuki Kato

生かしきれず破棄されていた顧客データ

――流通・小売業者の業務プロセスを劇的に変えたPOSの歴史から教えてください。

食品スーパーやドラッグストアなどの流通・小売業が大規模化を進める中で最大の課題になったのは、余剰在庫の発生や品切れによる販売機会のロスを防ぐことでした。つまり、大規模な店舗では、多数のメーカーや卸売業者、店舗を結ぶサプライチェーンを構築し、多様な商品を効率よくチェーン全店に配送することが第一だったのです。このプロセスが確立したころの大規模店では、ベテランの仕入れ担当者や売り場担当者の経験や勘に頼って売れ筋の商品や不人気商品を把握し、商品の発注数量や在庫数量を決めてきました。当然、スタッフの経験や勘には発注、および在庫計画の妥当性を裏付ける科学的な根拠がないため、一定の精度を担保することができませんでした。そんな中、登場したのがPOSシステムです。これは、何が、どこで、いつ、どれだけ売れたかを管理するシステムとして1970年代に米国で導入が進み、小売業の商品管理を劇的に変えました。最も効果的であったのは商品の売れ行き傾向から需要予測を行い、商品の発注や在庫数量を最適化できるようになったことです。

――それがどのように顧客データ分析と結びついたのでしょう。

ポイントカードや来店カードがPOSシステムと結びつくことによって可能になりました。POSシステムが商品を切り口として情報を収集してきたことに加えて、ポイントカードや来店カードの発行により、店舗は顧客を切り口としたさまざまな情報を収集できるようになったのです。しかしながら、当初は顧客の囲い込みや来店頻度を上げるポイントサービスの側面を重視していたことや、情報処理技術や情報管理コストの制約もあったため、収集した顧客データを十分に活用しているとは言えない状況がありました。小売チェーンによっては機密性の高い顧客データを一定期間後に廃棄してしまうケースも見られました。

1990年代中頃になって、ようやく顧客データの活用は進展します。名前、住所、性別、年齢などの顧客属性データと購買履歴データをひも付けたFSPデータの活用が始まります。最初期に活用を開始したのが英国のスーパーマーケット大手、TESCOです。同社の顧客データ活用は、米国の航空会社が優良顧客を囲い込む戦略として導入したマイレージサービスが手本になっています。国内でFSPデータ活用の先陣を切ったのが山梨県内を中心に小売チェーンを展開するオギノです。同社では1996年より、顧客に合わせた売り場作りFSPデータの活用を開始しました。今ではさまざまな業態の小売業者がFSPデータを活用するようになっています。

ビッグデータへの対応がより優れた意思決定を支援

――大規模小売店がFSPデータの活用を指向した背景には何がありますか。

昔はモノを作れば売れる時代でしたが、今は成熟市場に競合が乱立する供給過多の時代です。その中で小売チェーンは消費者の来店頻度を上げる効果的なマーケティング戦略の立案に顧客データを活用しようと考えました。ポイントサービスの提供にあたり、単にポイント数を記録する磁気カードや紙のカードではなく、読み取り式のカードを介して連続した購買履歴データを会員の属性データとともにデータベースに蓄積することができるようになったことで、大きな変化が起こりました。

Hiroyuki Kato

こうして、顧客の購買履歴データを得られるようになったため、商品の切り口とは別に、顧客をセグメント化し、顧客グループごとに適切な商品提案を行えるようになりました。顧客データの活用も少しずつ進んでおり、いまでは、住所データからエリア別に区分した顧客グループの購買履歴を参照し、最も効果的なチラシの配布エリアを選択することも行われています。ドラッグストア・チェーンの中には購買金額の合計額の高い会員を上位顧客として会報を配布したり、試供品を送付したりする販促を行っている企業もあります。このように、最も購買してくれそうな属性を洗い出して、効果的なキャンペーンを打てるようになったのです。

――こうしたデータは、メーカーのマーケティング活動などで実を結んでもいるのでしょうか。

もちろん、メーカーもデータ分析の取り組みを行っています。自社の持っているマーケティングデータに加え、消費者の購買動向を知るために小売チェーンが収集したPOSデータを分析し、自社の商品を購入している顧客層を把握したり、顧客特性に合わせた商品の企画や開発をしたりしています。FSPデータに対しては、かつては分析システムの能力不足や小売業への提案に結びつけるノウハウの不備により散発的な分析を行うに留まっていたメーカーが多かったのですが、近年では、FSPデータの分析を継続的な小売業への提案業務の一環として捉えるところが増えています。これにより、たとえばFSPデータを分析して店頭で販促する商品の組み合わせを考える、販促により顧客のトライアル購買やリピート購買がどの程度発生したかを測定する、クーポンの配布やDMの送付を小売店と連携して行うといった取り組みがなされています。

Hiroyuki Kato

――近年、注目されるビッグデータへの対応をどのようにとらえればいいですか。

POSデータがFSPデータになっただけで、データ量は劇的に増えました。さらに詳細なデータを集めたいというニーズもありますから、小売店やメーカーが扱うデータはこれまでとは比較にならない規模になっています。ビッグデータという言葉は最近騒がれているだけで、私たちはずっとビッグデータを扱おうとしてきたように感じています。ですから、これまで以上に高速な大規模なデータ処理を行い、結果を速やかに施策へ反映するこという意味において、ビッグデータへの対応はFSPデータの分析を軸により優れた意思決定を行いたい企業にとって不可欠になると言えます。

ライフタイムバリューを最大化する販促を実践することも可能に

――顧客データ分析の先進的な事例と、成功の条件についてお聞かせください。

緻密な売り場作りと顧客ごとの販促提案で着実に収益を伸ばしているのが、先に例に挙げたオギノです。オギノは自社の出店エリアに大型チェーン店の進出が決まったことに危機感を持ち、1996年からFSPデータにもとづく売り場作りに着手しました。当初はポイントカード特典による顧客の維持を目的としていましたが、次第にFSPデータを活用した顧客分析に取りかかります。その分析は、顧客の購買金額や購買履歴をもとにしたDMの発送や、上得意客のニーズに合わせた売場の品揃え改善といった施策に反映されています。いまでは、顧客のライフスタイルを考慮した商品分類や販促提案にまで発展させています。この取り組みによってオギノは商圏内で強い競争力を持つことができました。ちなみに、分析のきっかけとなった大型チェーン店は、出店から数年で撤退を余儀なくされたということです。

もう少し細かく見ていきましょう。オギノでは、購買履歴データから顧客の購買パターンをつかむことを目指しました。初期には「オギノでの購買金額が高い・低い」「オギノで特定の商品を買っている」といった単純な形から始まったようですが、いまは「健康食品を買い続けている」「品質の高い商品を購入する」といった、より顧客の意識に根ざしたパターン化を目指しているようです。このような顧客のセグメンテーションを行うためには、商品に「高品質」「低価格」「健康」などの特性を割り振る必要がありますが、それをきちんと行ったことが大きなポイントです。こうして、過去の購買履歴データから「健康志向」と判断した顧客へのアプローチ時に、「健康」カテゴリに属する商品を提案できるようになりました。具体的には、顧客の特性に合わせてレシートに付与する割引クーポンの内容を変えています。顧客の嗜好やライフスタイルに合った商品提案を行うことにより、オギノでは来店した顧客のクーポン利用率を高める形で来店を促す仕組みを作り上げています。

オギノの的確な顧客分析は、会員カードの高い普及率が下支えしています。オギノでは商圏人口約90万人に対し、カード会員は40万人を超えます。会員カード普及率の高さは、収集した顧客データから顧客の嗜好やライフスタイルをあぶり出し、適切な売り場作りと販促提案を行うための大きな武器と言えるでしょう。このように、オギノはFSPデータの活用で成功を収めている希有な事例ではありますが、その背景を見ると、経営トップのFSP分析の必要性に対する認識が高かったことが大きいと思います。また、社内導入にあたっては海外に人材を派遣し、的確な分析手法を駆使することができた点も見逃せません。そして、取り組みを継続的に行っていくために、メーカー・卸売業者・チェーンの担当者が一堂に会する協議会を設け、顧客分析の活用を共有する仕組みを作り上げている点も評価されるべきだと思います。

Hiroyuki Kato

――流通・小売の専門家として、これからの顧客分析はどうなっていくと推測していますか。

食品メーカーでは、購買履歴データの外にある消費者の実際の食卓動向をつかもうとする取り組みも始まっています。この中では、「購入した食材をどのように調理したか」、「購入した食材をいつ消費するか」、「どのくらい消費したら再度購入するか」といった顧客の行動特性から、販促を仕掛ける最適な周期をつかんでいます。実際、カレーやシチューの提案コーナーを設けるような販促のタイミングを、消費者の食卓データをもとに決めるといった例があります。また、インターネット通販では顧客全体の購買パターンを分析し、似たような購買傾向を持つ顧客グループごとに興味を引きそうな商品を提案するようになっています。

今後は、自社の商圏外にいる消費者を取り込むための顧客分析が始まるかもしれません。たとえば、さまざまな業態に根を張るTポイントやPonta、Suicaなどのデータをうまく利用すれば、顧客の購買行動の全容をつかめます。このレベルになると、顧客属性や購買履歴データをもとに特定のライフスタイルを持った顧客を抽出して、顧客の購買行動全体に影響を与えるような販促提案を仕掛けるといった、顧客のライフタイムバリュー(生涯価値)を最大化するような販促手段も見えてくるはずです。

また、FSPデータ分析を通して顧客の可視化が進むと、小売業の側からは、他店との差別化につながるような効果的な販促をメーカーに求める機運が高まるのではないかと思います。たとえば、これまで小売店頭で行われる販促キャンペーンは、メーカー側が実施時期や内容に対するイニシアチブを握ってきた面があります。これからは、データ活用を積極化する小売店側が自社のデータをもとに主体的にイベントを企画し、商品メーカーと議論しながら共同でキャンペーンを張るといった新しい展開が生まれる可能性もあります。今後は、メーカー・卸売・小売が密接に協力してFSPという巨大なデータを分析して顧客戦略を立案・実行することに、競争に勝つカギがあると見ています。

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