顧客行動の”変化”を見逃すな
事実にもとづくマーケティングを展開せよ

スペシャルインタビュー:株式会社浜銀総合研究所 情報戦略コンサルティング部 副部長 高野 知氏

金融機関にとって、一人ひとりの顧客に対して積極的な提案・営業活動を行うチャンスは実は非常に限られている。住宅ローンの獲得、退職金の資産運用、相続した遺産の突然の入金など、顧客の人生で起きる変化を情報としてつかむことができれば、そのチャンスを逃さず収益を上げることができるはずだ。近年、先進的な銀行などでは、イベント・ベースド・マーケティング(以下EBM)という手法を用いて、こういったチャンスを捉える取り組みをしている。顧客の嗜好やライフスタイルが多様化する中、顧客の属性情報や過去の取引データをすべて電子的に蓄積しているという優位性を、金融機関はどのように生かしているのだろうか。顧客分析の最前線や今後の展望について、金融機関の顧客分析を専門とし、銀行でのEBM導入に携わってきた株式会社浜銀総合研究所 情報戦略コンサルティング部 副部長 高野 知氏に聞いた。

ebm photo

One to Oneマーケティングへの転換で成功をつかめ

――「マーケティングの出発点は顧客を深く知ること」と言われることがあります。顧客分析のあり方からマーケティングの歴史をひも解いていけそうです。

昔は、どの業界においてもマス・マーケティングしかありませんでした。不特定多数に対して同一のメッセージを発信するマス・マーケティングは、需要が供給を上回る高度経済成長の時代には適切な手法だったでしょう。しかし、消費者の価値観が多様化・複雑化するにしたがい、マス・マーケティングでは顧客の多面的な要望にこたえられないケースが増えてきます。

そこで、顧客データ活用の登場です。歴史をさかのぼると、まず、街の薬局などの小売店が、来店した顧客の住所、氏名、年齢、性別、電話番号などの情報を管理するために、いわゆるお客様カードの発行を始めたあたりに原点を見出すことができます。これらの小売店は、顧客分析の原点として「顧客がだれかを知ること」からスタートし、当初管理していた情報に加え、趣味嗜好、家族構成、過去の購入商品の履歴なども管理するようになりました。このデータをもとに顧客一人ひとりと適切に対応できるようにしていったのです。ただし、これはデータ「活用」ではあってもデータ「分析」にまでは至っていませんし、この方法では個人商店レベルでは対応可能でも、大規模に顧客を抱える企業としては対応が困難です。

しかし、ITの発展やハードウェア価格の低下に伴って膨大なデータを管理できるようになると、本格的に顧客データを分析し、効果的なマーケティング施策に生かせるようになります。顧客が過去に購買した商品の履歴をデータベース化して管理し、客観的事実をもとに区分した顧客セグメント(顧客グループ)ごとに適切な商品を提案するデータベース・マーケティングが誕生しました。顧客の嗜好やライフスタイルが多様化した現在では、顧客との取引データをより詳細なレベルで収集・分析し、個々の消費者の嗜好やニーズ・購買傾向に合わせて適切な商品を提供するOne to Oneマーケティングにまで発展してきています。

――顧客データの分析は、具体的にどのような場面で利用されているのでしょうか。

最近では、顧客の購買履歴、電話や対面による顧客とのコンタクト履歴、Webサイトでの行動ログなど、多くの情報をデータとして蓄積し、それを高度に分析することで、顧客の購買行動を予測する企業も現れ始めています。ここで重要なのは、予測結果がマーケティング担当者の経験や勘ではなく、客観的な事実にもとづいていることです。精度の高い、事実にもとづいた情報を利用することで、マーケティング施策に科学的な裏付けを与えることができます。

ebm photo

たとえば、急成長しているEC(Eコマース:電子商取引)業界では、顧客の行動がすべてデータとして蓄積できるので、分析が盛んに行われています。顧客の購買パターンを分析し、顧客ごとに最適化したメールを送付したり、webサイトに最適なバナーを表示させたりと、顧客対応のパーソナライゼーションが最も進んでいる業界と言えます。

金融機関は、口座取引データを収集・管理することがビジネスの前提ですから、顧客の属性や過去の取引履歴がすべてデータベースに格納されています。このため、金融業界はデータベース・マーケティングととても相性が良く、これまでもさまざまな取り組みが行われてきました。最近では、顧客属性や取引行動上の変化をイベントとして検知し、イベントが発生したタイミングでキャンペーンや提案活動を行うイベント・ベースド・マーケティング(以下、EBM)を採用する動きが活発です。EBMを利用することで、ニーズの発生を自動的に捉え、顧客ごとに適切なオファーを提示する仕組みを整備しているのです。

また、最近の動向として面白いのが携帯電話に代表されるソーシャルゲームの顧客分析です。一般にソーシャルゲームは無料なため、昨今では電車に乗っている時間などに手軽に楽しむ人が増えました。しかし、手軽がゆえにゲームの難易度が高ければすぐに離脱する傾向があるため、運営元はゲームの参加率と離脱率をリアルタイムに分析し、参加者に最も楽しんでもらえるよう、1日に何回も難易度を調整していると言われています。

顧客のニーズやライフステージを推測し、興味を持ってもらいやすい商品を提案

――従来のデータベース・マーケティングとEBMの違いはどこにありますか。

データベース・マーケティングは主に顧客の過去の取引データを分析し、今後の購買傾向を予測するマーケティング手法で、顧客の属性や行動特性にもとづいて区分した顧客セグメントに合わせたキャンペーンや提案活動を展開するために用いられます。この手法では購買に結びつきそうな顧客を特定できますが、当該顧客が購買行動を起こすタイミングまではつかめません。これに対してEBMは、顧客の実際の行動や購買傾向などの変化をイベントとして検知し、顧客ニーズが顕在化したタイミングで営業などのアクションにつなげる手法です。たとえば、「給与振込額が増加した」など、いくつかの取引傾向の変化を検知すると、顧客のニーズやライフステージが変化したと判断し、迅速に提案活動につなげることができるのです。

たとえば、決められた予算内で1万通のダイレクトメールを送付するケースを想像してください。一般的なデータベース・マーケティングにおけるターゲティングでは、年齢、性別、残高、保有商品種類などの情報にもとづいて、成約確度が高いと思われる見込み顧客1万人に対してダイレクトメールを送付します。一方、EBMは過去の取引傾向を分析して確度の高い見込み顧客を抽出してダイレクトメールを送付し、これを一定期間繰り返すことで合計1万通となるようなイメージです。実際にやってみると、一般的なターゲティングでは何回やっても抽出される見込み顧客が同じような顔ぶれになってしまうことが多いのですが、EBMの場合にはタイミングをとらえている分、ターゲットとなる見込み顧客はその都度、違った顔ぶれになります。顧客が最も提案を必要とするタイミングに合わせて、何回にも分けてマーケティング施策を実行できるインパクトは、極めて大きいのです。経験上、EBMは、データベース・マーケティングの2倍から3倍の成約率を期待できます。このように、両者のアプローチは異なりますが、データベース・マーケティングの進化形がEBMととらえてよいでしょう。

――銀行はEBMの導入が最も進んでいる業種です。その背景にはどのような理由があるのでしょうか。

銀行はATMやネットバンキングなどの非対面チャネルに顧客を誘導することで、業務の効率化を図ってきました。ただ、こうした施策によって、顧客が店舗窓口に訪れる機会が減り、コミュニケーションをベースに顧客のニーズや嗜好を知ることが困難になってきたというマイナス面も課題になっていました。そこで、口座に蓄積された取引データなど、銀行が保有するさまざまな客観的事実から、顧客にアプローチするきっかけをつくることを目的にEBMが導入されるようになってきているのです。

また、銀行が扱う商品の特性にも理由があります。住宅ローンや投資信託などの金融商品は一般の生活消費財とは異なり、何回も購入されたり、衝動買いされたりすることはないですし、顧客が窓口を足繁く訪れて検討したりすることもほとんどありません。つまり、金融商品に対する顧客ニーズは顕在化する機会が少なく、表面化している期間も短いという特徴があるのです。たとえば、退職金のようなまとまった入金があるときなどは銀行から提案する最適な機会ですから、そうした機会を逃さずに顧客にふさわしい商品を提案することが重要なのです。

顧客分析が企業競争力の源泉に

――銀行にとって有意なイベント検知ルールの例にはどのようなものがありますか。

年金や退職金の振り込み、大口の入金など、さまざまな判定ロジックがあります。これらの例は、すべて預金が増えるケースですが、それぞれにアクションは異なります。たとえば、退職金は入金される前に用途が決まってしまっているケースも多いため、退職金の入金をイベントとして検知しても迅速にアプローチしなければビジネス機会を逸してしまいます。このため、年齢や勤務先を含めた顧客属性データや取引履歴データなどから退職金が入金されるタイミングを予測し、適切な運用商品を提案するなどのアプローチを事前に行っておく必要が出てきます。

また、「普通預金残高の増加」と「大口の入金」も異なります。前者は、普通預金残高が一定の金額を越えるというイベントですから、その資産規模に合わせて、投資信託や外貨預金などを組み合わせ、顧客の望むリスクレベルの商品提案を行うことになります。大口の入金イベントは、そもそも、大口の入金とされる金額の大きさに個人差があるという前提に立ち、顧客にとって特別な入金取引であることを特定します。たとえば、顧客の6カ月間の入金額の平均値から、統計的手法を用いて算出した金額を当該顧客の大口の入金と定義しておき、顧客ごとに設定した金額を超える入金取引が発生するとイベントとして検知します。その上で、それぞれの顧客の資産規模に応じた商品を提案するなどの施策が考えられるでしょう。

ebm photo

――現在、EBMの導入を検討している企業にメッセージはありますか。

現在多くの企業が取り組んでいるEBMプロジェクトでは、取引データの分析が中心になっています。今後は過去にコンタクトのあったすべての顧客に紐付く案件および商談履歴が分析対象になってきます。電話や電子メールなどでコンタクトがあったものの、面談までに至らなかった見込み顧客に適切な情報を配信するなど、コンタクト履歴データを活用することで、新規顧客の獲得や既存顧客の深耕を実現し、さらに収益を伸ばせるはずです。

このようにデータ分析と顧客へのアプローチが直結する形でより多くの効果を出せるわけですから、EBMは明らかに価値の高い手法と言えます。顧客ニーズの変化を読み取った上でのアプローチは、パワーセールスとは一線を画すこととなり、結果的に顧客満足度も高まることが期待できます。競合他社との差別化を実現するためにも、今後EBMは不可欠な存在になってくるでしょう。

Back to Top