事実をもとに、より広く、より深く――。
ビッグデータによる顧客分析はここまで来ている。

ITによる顧客分析は、大きな進歩を遂げた。リアル店舗では大量の顧客情報をプロモーション活動に役立て、ECではリコメンデーション・エンジンが一世を風靡し、その精度を競った時代はもはや過去のものになりつつある。大規模な店舗でも、ECでも、顧客の過去の行動を理解した上で最適な商品を提案したり、優れた顧客サービスを提供したりできるようになったのだ。ビッグデータと呼ばれる巨大かつ多様で、リアルタイム性の高いデータを扱えるようになった今、人間の想像力と事実を洗い出してくれるITを組み合わせて顧客に向き合える力こそ、ライバルに勝つための原動力になるだろう。

ECでもホテルマンのような接客を

顧客との間で良好な関係を築く最も効果的な手法は、小規模な小売業に見ることができる。店舗に立つスタッフと顧客とのやり取りの中で、顧客のさまざまな側面を知り、顧客ニーズに適した商品を販売できるためだ。商店街の店は、常連客の家族構成や配偶者の好みを知り、最近買ってくれた商品を覚えているからこそ、数ある商品ラインアップの中から真っ先におすすめする商品を決められる。案外このような小規模な小売店では、ワン・ツー・ワン・マーケティングが日常において成り立っていると言える。

例えば、美容院では担当する美容師が変わっても、顧客の履歴を一覧し、これまでに提案したスタイルがわかる。その傾向から、顧客が望んでいる髪型を、だれもが提案できるようになるというアナログなアプローチだ。店舗の規模が大きくなり、多くのスタッフを抱える大型店では、カルテ方式を拡大している。顧客対応の成功事例をベストプラクティスとしたり、クレーム対応のノウハウを共有したりすることで、顧客対応の標準化を実現しようとしている。

これらのケースでは、売り場のスタッフ対買い物客という1対1の人間同士の関係性で顧客サービスが成り立っている。しかし、それがECになると、インターネット上にある店舗対大勢の顧客という1対Nの関係になる。問い合わせがあれば、それに答えるのは人間の行為であり、1対1の関係性は築けるのだが、大半の商取引は、マウスのクリックで完結する。

顧客は、モノの価値とともに、サービスやそれらに付随する顧客体験も評価して購入している。店舗に、ホテルマンのようなホスピタリティを持って顧客に寄り添い、優れた商品知識のあるスタッフがいれば、顧客はそのサービスを含めた対価を支払ってくれる。そうしたサービスをECでもできるのではないか、という仮説から、ECにおけるホスピタリティ向上の取り組みが始まっている。
ITの特性を生かし、ECサイトで買い物をしてくれる顧客に、最もふさわしい商品を勧め、買い物を楽しんでもらえるような仕掛けを作ろうという試みだ。

そのためには、どのような販売スタッフがオンライン上で買い物をする顧客に寄り添えばいいのか。答えは、リアル店舗にある。リアル店舗において、スタッフの優秀さは、顧客の求めていることをすぐに理解し、最適な商品の前にいち早く案内し、ときには代案を提示して顧客に選択肢を与え、顧客に納得して購買してもらうことと定義できる。顧客が商品の購入を決意したら、そこで関連商品などのアップセルを提案する。さらに、後日顧客が再び店舗を訪問すれば、以前の対応をおさらいしながら、アップセル/クロスセルにつなげる提案を行う。新規の商談もそつなくこなす。初めて店舗を訪れてくれた顧客に対しても、「以前に買い物をしてくれたBさんと反応が似ているから、Bさんが買ったものをすすめてみようか」という判断を行うわけだ。

実は、優れた商品提案は、ECの黎明期から存在した。Amazon.comが実装したことで広く知られるようになったリコメンデーション・エンジンがそれだ。初期のころ、「Amazon.comに勧められた本を見ていると、かなりの数をすでに読んでいた」という驚きの声が上がった。当時は、書籍Cを買った人は書籍Dを買うケースが多い、という事実に基づいて相関分析を行い、勧める本を決めていた。

こうして一定の成功を収めながら、ECの接客は進化してきた。リアル店舗において、顧客と長く付き合い、顧客個人を深く知り、さらには家族の趣味まで知っている店舗スタッフは、理想的な接客ができる。顧客について深く知れば知るほど、優れた接客ができる。そう考えると、ITにとって接客は得意分野と言うこともできる。ITは、情報をすべて記憶でき、決して忘れてしまうことがないためだ。課題は、情報をどうやって集め、どう分析するとホテルマンのようなホスピタリティをもって顧客サービスを提供できるかという点にある。

ビックデータ時代の到来で顧客分析が加速

近年、ブログやSNS、比較サイトなどで商品や店舗、ECの評価を顧客がリアルタイムに書き込むことが一般化してきた。これまでは、自社が管轄している場所だけの情報にすぎなかったが、この変化により、多種多様かつ大量の情報が集まるようになった。中でも、ECとリアル店舗を持つ業態において、その両方の業態で顧客を知り、顧客サービスを高めるために、データ分析を行うのが効果的だという認識が高まってきた。リアル店舗のスタッフの提案力向上や、チラシのトップに持ってくる目玉商品の企画など、営業/販売/マーケティングのすべての面で役立つからだ。

ECのみの業態であっても、さらに情報を集める努力は続いている。かつては、購入という行為をトリガーにしてきたが、顧客がECサイトを訪れてから閲覧した商品とその滞在時間、最終的に購入した商品など、リアルな店舗を歩き回っているようなイメージでつかむことができるようになった。これらの情報を活用すれば、顧客ニーズを正確につかめるようになり、全体を見ると1対Nの関係性であっても、バーチャルスタッフ対顧客という1対1の関係を築けるようになるのだ。

ビッグデータが大きな注目を集めているが、それはこうした理由による。大量・多種のデータを扱うことで、情報をより深く分析できるようになり、顧客の興味をより正確に、かつタイムリーにつかむことが可能になったのである。

大規模店では、顧客の声をさまざまな方法で拾い集めることができる。ポイントカードを有効に活用し、来店頻度や購買履歴、購買金額をつかむ。接客する担当者は、接客の中で気づいた内容を蓄積し、次に顧客が来店したときには別の担当者がその流れの中で接客できる。情報を的確に分析することができれば、効果的なプロモーション活動を行えるようになる。実際に、チラシの作り方や配り方も、近年大きく変わってきている。限られた予算の枠内で、最も売上と利益を高め、さらに顧客満足度も向上させる施策を打てるようになるのである。

ECも、もはや過去の単なるオンライン販売の方法では優位に立てない。サイト内の行動や、顧客がブログやSNSに書き込んだ情報など、より多くの情報を集め、分析する。情報は多ければ多いほど、優れた顧客体験を生み出す可能性が増える。ビッグデータは、技術的にデータを大量に扱えるようになったことから生まれたプロダクトアウト的な用語ではなく、より多くの情報を分析したいというニーズから発生したムーブメントと考えるべきだろう。現在、技術的にビッグデータを扱うことは可能になった。すでに、ホテルマンのようなサービスをECでも提供することはできるし、リアル店舗における顧客サービス標準化の準備は整っているのだ。

顧客動向を“探る”から“つかむ”へ。

ビッグデータを技術的に扱えるようになったことで、企業は膨大な顧客データを利用して、優れた顧客サービスを提供できるようになる。その大前提として、顧客の商品選択から購入、付属商品の購入、数カ月後の別商品の購入まで、顧客ライフサイクルをきちんと管理しなければならない。

それに加え、顧客のライフステージもつかむことができればよりよいサービスを提供できる。情報の関連付けも大切だ。きちんと情報が関連付けられていると、例えば、同居する家族全員が顧客であるケースにおいて、たとえば大型冷蔵庫を夫が購入した直後に妻にEメールで勧めるようなことは起こらない。

これらは基礎的な情報であり、こうした情報をベースに施策を考える。そこは人の役割だ。そのために必要な要素は、大きく4つのプロセスに分けられ、一連のサイクルになる。1.情報の補足、2.情報の絞り込み、3.施策の検討と意志決定、4.実行した施策のレビューの4つだ。

情報の捕捉プロセスでは、できる限り多くの情報を集める。十分にビッグデータを扱える技術が整った現在、情報はあればあるほどありがたい。とはいえ、情報の中には不要なものも含まれている。それを捨てるのが、次の情報の絞り込みプロセスだ。ITを使えば、容易に情報の絞り込みができる。大量にプリントアウトされた紙を人がよりわけるような手間と時間は不要だ。ITを使えば、必要な情報を自動的に取り出せる。

情報が集まったところで、施策の検討と意志決定を行う。これは人の役割だ。さまざまな情報を、さまざまな角度から分析した結果を見て判断し、どのような施策を実行するか意志決定する。なお、施策を実行する前のシミュレーションにはITを活用する。シミュレーションは、事実に基づく巨大なナレッジの集積によって生まれたものであることが理想だ。以前に行った施策とその結果から、次の施策を評価する。

最後に、結果をレビューし、次の施策に結びつける。その際、施策の効果をより高めるために必要な情報があれば、情報の補足プロセスに新しい項目を加える。

すでに、いくつかの企業がこうした取り組みを始めている。顧客起点のビジネス戦略については、はるか昔から語られ続けているが、最新の技術を利用することで顧客のありのままの姿を“つかむ”ことが可能になった。ほんの少し前までは、顧客の姿を“探る”ためにITを使い、“つかむ”部分は人間の想像力で補完してきたが、事実に基づいて顧客をつかむことが可能になっているのだ。優れたデータ分析によって得られた正確なデータを利用した意志決定は、差別化と競争優位の源泉になる。

実社会の情報は、電子的なデータとして記録できる。データは、ITの力を借りて分析することで、生きた情報へと生まれ変わる。データが情報になり、情報が価値になる。顧客の姿をつかみ、顧客に最適な提案を行える価値ははかりしれない。さらに、顧客に楽しんで買い物をしてもらうための、科学的に正しい施策も実行に移せる。ECであっても、店舗であっても、顧客にすばらしい体験を提供することは、現在すでにある技術で十分に実現可能であると言えるだろう。

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