随想「マーケティングとデータ解析」

第9回 プレゼンテーション

朝野熙彦
中央大学客員教授

今回は報告と提案(プレゼンテーション)について想い出話しをします。
近年ではグラフ描きのソフトが普及してきて、昔のように手描きでグラフを書くような時代ではなくなりました。その一方で、誤りを自覚しない「効果抜群のグラフ」が増えている現状に警鐘を鳴らしたいと思います。

キーワード:プレゼンテーションでのバトル、グラフの誤り

1.駆け出しのリサーチャーだったころ

私は若いころ、たまたまの偶然である調査会社に入社しました。1969年のことです。

当時の就職先では新入社員への業務研修など無く、いきなりのOJT(オンザ・ジョブ・トレーニング)でした。OJTと英語で言えば聞こえはいいのですが、要するに仕事をしながら何か困ったことがあったら先輩を見習え、ということでした。一種の徒弟制度です。

社内には報告書作成のマニュアルもなかったので、私は学生時代のレポートと同じ調子で調査レポートを書いてはお客先に報告に行ったものです。周りの先輩方のプレゼンテーションも学会発表と同様で、まるで大学の研究室のような雰囲気の会社でした。

当時は学究的な気風の調査会社は珍しくなかったのです。1960年~70年代ごろの日本の調査会社は、概ねどの会社も品質最優先で、説明の仕方などは二の次だ、という気概が横溢していたと思います。製造業になぞらえていえば、優秀な製品さえ作っていればよいというプロダクト・アウト主義だったのでしょう。

価値があるのは結論の中味だという信念は、製品はその包装紙より大事だ、という信念と根は一緒です。しかし情報を納入されるクライエント側からすれば、ポジティブな情報であれネガティブな情報であれマーケティング活動に資する情報が欲しいわけです。その意味ではマーケティングをサポートする仕事でありながら、当時はマーケティング志向が足りなかったのかもしれません。

次節以降で個人的な苦労の体験と、プレゼンテーションのツールとしての統計グラフについてさらにお話ししたいと思います。

2.プレゼンテーションを通じて学んだこと

プレゼンテーションをしていると驚かされる経験がたくさんあり勉強になりました。新人のころテストマーケティングの評価をする仕事があったので、当然のように実験計画法で要因を割り付けて、市場反応データをとって分散分析にかけました。そのような統計処理は定番ですから誰でも知っていると思っていたのです。 

ところが報告会をしてみると、クライエントの中からF値とは何か、要因が有意とはどういう意味かという質問が出て立ち往生したことがありました。もちろん立ち往生する方が悪いに決まっています。その時の教訓をまとめますと、

■ 自分でも説明できないデータ解析をしてはならない
学生時代を考えると、もし分からない講義内容が出てきたら、それは勉強不足の学生の方が悪かったのです。しかしプレゼンテーションにおいては、聴き手が理解できなければ、それは報告者の方が悪いのです。授業とプレゼンテーションは似て非なるものだということを実感しました。

官能検査ならシェフェの一対比較法、予測なら回帰分析などが標準的なデータ解析ですが、それでもプレゼンテーションの場で「初耳なので一から説明してもらいたい」という突発的な要求が出ないとは限りません。報告者はそうした事態にも即応できるように備えなければなりません。

プレゼンテーションには、調査や実験の担当者ばかりでなく、クライエント内の他部門の関係者も出席するのが普通です。統計学そのものを全く知らない方がいても、それは責められません。

顧客目線にそったプレゼンテーションが大切であることが次第に分かってきたのが1970年代後半でした。

そのころ私を強力に指導してくださったのが、クライエントの方々でした。私がなんとかリサーチャーとして仕事を続けられたのは、偏にクライエントの皆様のご指導のお陰と感謝しています。当時指摘された内容をまとめますと、

■ 簡潔にコメントする、グラフで説明する、事実と提案を区別する
今日、よいプレゼンテーションとされている条件がこれで尽くされていると思います。難しいのは調査で発見された事実Xと、だからどうしろという提案Yの因果関係です。XだからYだと論証できるのでしょうか。同じ事実Xに対してマーケティングにおける解決策は唯一ではなくY1,Y2,Y3,・・・と複数あるかもしれません。そこを疑え、というのが「事実と提案を区別する」という意味です。

マーケティング・リサーチに与えられる課題はWhat, Why, Howと多様ですからそれに応じて情報提供も違ってきます。Whatなら事実をレポートすれば済みますが、Whyに対するレポートは実証的というよりも了解的なものになりがちです。さらに高度な課題のHowに対しては、多様な解決策があって当たり前です。ですから事実に再現性があろうとも提案に一意性があるとは限りません。

だからといって調査をしても何も提案できない、と決めつけるのは早計です。こんな経験がありました。

X:試作品はほとんどの項目で競合品よりユーザー評価が劣っていた。優っていたのはユーザーがどうでもいいと思っている項目だけだった。
Y:現在の試作品をそのまま生産ラインに乗せるのはストップすべきだ。

このようなプレゼンテーションをすると、即座にバトルが巻き起こって、クライエント内で責任のなすりつけ合いが勃発する可能性があります。そうであろうとも、調査が厳密に管理されて結論が揺るがないと確信できた場合は、ズバリと提案しました。そうした経験から得られた信念は次の通りです。

■ ありきたりでない情報にこそ価値がある
随想の第5回で、コンジョイント分析を取り上げて「波風を立てるデータ解析」だと話しました。しかし、コンジョイント分析だけでなく、およそ良い調査というものは、時には波風を立てるものだと思います。調査結果の大部分は、調査をせずともクライエントが分かりきっていたありきたりの事実の再確認かもしれません。しかし少しでもクライエントが驚くような情報が出てきたら、それが仮に不愉快な情報であろうとも、マーケティングに資する情報だといえるのではないでしょうか。

3.グラフ表現への疑問

調査会社に限らずメーカーや広告会社でもプレゼンテーション用にグラフを作っています。シンクタンクやコンサルタントでもグラフは重要なツールとみなされています。私は、スチレンボードにスクリーントーンを貼るという手作業でコツコツとグラフを書いた経験があるものですから、最近のグラフソフトを使った華麗でお手軽なグラフ表現で大丈夫なのか心配になることがあります。

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図1 低アルコール飲料は市場が順調に拡大(単位:万キロリットル)

■ いかにも順調そうなグラフ
たとえば図1はグラフを用いた誇張表現の一例です。時系列で市場推移を示した上で「低アルコール飲料の市場は順調に拡大」とアピールしています。

違った商品カテゴリーの市場推移を一枚のグラフに重ね書きして、それぞれの目盛の単位を変えることで、低アルコール飲料がいかにも急勾配で伸びているかのような印象を与えています。さらに縦座標の下限値を「裾切り」するという誇張のテクニックを併用しています。

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図2 飲料の市場推移(単位:万キロリットル)

一方、マーケティング・リサーチのプレゼンテーションであれば、図2のようなグラフを見せるでしょう。2つの商品カテゴリーの時系列推移を比較するうえでは、図2の方が図1よりもましなグラフです。リサーチャーの書くグラフは誇大表現に走ることがなく、ストイックであることが分かります。

図2を見れば、ビール市場が低迷していることと、低アルコール飲料の市場はビール系飲料よりはるかに小さいことが分かります。さらにビール系飲料と低アルコール飲料を足した市場は、年とともにシュリンクしているという重大な問題も明らかになります。グラフから導かれる示唆が図1とはずいぶん違ってきますね。

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図3 18歳人口と大学数の推移

■ 転換期があったかのようなミスリード
図1では2つの縦座標がどちらも「飲料の容量」でしたから次元としては一致していました。ところがマスコミの報道では、尺度の次元性そのものが異なるデータを一枚のグラフに重ね書きするという、突拍子もないグラフがしばしば登場します。図3がよくあるグラフの一例です。

人口の折れ線と大学数の棒グラフが2000年に交差しています。では2000年に何か転換が起きたのでしょうか?18歳人口が激減する一方で大学数がぐんぐん増えているのでしょうか。

次元が異なる2つのグラフがあって、一方は逓減、他方は逓増しているとすれば、座標の目盛の単位と描画の範囲を調整することで、必ず両者がX字に交わるようにグラフを書くことができます。調整法次第で交点は動きます。しかも2つのグラフが交叉しないグラフさえ簡単に書けます。ということは、図3がアピールしている「ドラマチックな逆転現象」は、ビジュアル表現がもたらした錯覚に過ぎないことを意味するのです。

テレビや新聞でこの種のグラフをよく目にしますが、一体、何と何が逆転しているのでしょうか?根拠があるというなら教えてください。

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図4 売上高と円の面積を比例させた

■ 描画ソフトを信用する誤り
図4はビジネス文書でよく見かけるバブルチャートです。7つの支店の社員数と、顧客企業数の2次元の空間に支店をプロットして売り上げ規模に応じて円の面積を変えています。図4の原データでは東京支店の売り上げは大阪支店の2倍でした。ですから東京の円の面積が大阪の2倍に描かれていることはデータを正しく表現しています。

ところがEXCELというソフトには3D表示というオプションがあって、それを使うと図5のように円の半径を変えずにグラディエーションをつけて球体で表示してしまうのです。

そのため大阪と比べて東京の規模はおおむねルート2の3乗倍、つまり2.828倍くらいの印象を受けるでしょう。これは現実をゆがめた誇大表現といえます。

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図5 そのまま3Dバブルにしてしまった

大小のメリハリを強調したかったので意図的に誇張表現したのだ、というプレゼンテーション担当者は確信犯です。誇張していることに自覚がなかった人は不注意です。ふつうのリサーチャーであれば、きっと売上データに比例するように正しく球の半径を決めて3Dバブルを描画することでしょう。

図5はグラフソフトがユーザーの誤用を促進している典型例です。最近の描画ソフトは見映えとアピール性を追求するあまり、正確性を二の次にしていないでしょうか。

その点、SASは科学技術計算を起源とするプログラムなだけに、無意味なデフォルメに走ることなく、正確な描画を目指しているように見えます。アナと雪の女王でエルサが歌った「ありのままの姿を見せる」ことは、まさに統計学者Tukey(1977)が主張したことではなかったでしょうか?

(付記)関係書籍
1970年前後の関係書籍を紹介します。
(1)原田俊夫(1962)「市場調査の原理と実際」同文館
(2)後藤秀夫(1977)「市場調査マニュアル」みき書房
(3)Tukey,J.W.(1977)“Exploratory Data Analysis.” Addison-Wesley.

(1)は私の知る限り調査報告書の作成に1章を割いた日本で初めての書籍でした。報告書作成の一般論およびグラフの書き方について86ページにわたって詳述しています。この書籍内のグラフはすべて手描きで書かれていて当時の情報処理が偲ばれて貴重です。(2)では25ページにわたって報告書作成を記述しています。その一方でプレゼンテーションおよびグラフ表現についての記述が全くないことが注目されます。(3)は探索的データ解析の提唱者が執筆した有名な本です。データをまずグラフに描いてから虚心坦懐に仮説を探そう、という記述統計の思想を宣言しています。書籍中の多数のグラフは執筆者が自ら手描きしたもののようです。